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Lost Engagement サンプル (陣営逆転+ルルーシュラウンズ/ペーパー再録・2010冬コミ新刊サンプル)

「そんなに警戒しないでくれないかい? 久しぶりだね、枢木君。我が軍も君の奮戦には手を焼いているらしい」
 にこやかな微笑を向けてくる敵国の宰相に対して、スザクは硬い表情を崩さないまま小さく頭を下げた。
「……恐縮です」
「困ったな。あれからもう二年になるけれど、君がブリタニアにいた頃の事はよく覚えているよ。こうして陣営を違えて出会うことになるとは思わなかったけれど……身体の方はもういいみたいだね。君のような優秀な騎士を手放すとは、ルルーシュは本当に惜しいことをしたものだ」
「それは……」
 シュナイゼルは、どこまで真実を知っているのだろう。
 かつてブリタニアの皇子の一人が人質同然の異国人を騎士に召し上げた。そして二年前、騎士が余命宣告を受けたことで、皇子が温情を掛けて祖国へと返してやったことも、その異色さゆえによく知られた事実だった。ここで終われば主従愛の美談で済んだが、現実は違う。あろうことか騎士は祖国で生き続け、さらには軍に身を置き、ブリタニアとの間で戦端が開かれて後はかつての友軍を屠っている。ブリタニアで、裏切りの騎士・枢木スザクほど悪名高い敵将もまれだ。
「あぁ、そうかすまない。君は政治家ではなかったね。狸の化かし合いは時間の無駄だな。安心しなさい、私は全て知っている。君が今日本にいることは、ルルーシュの仕業だ」
「……自分はただ命令に従っただけです。ルルーシュ殿下は確かにかつての自分の主ですが、今はもう関係ありません」
 自分の声がことさら冷えて聞こえるのを、スザクは他人事のように聞いた。
 事実だった。ルルーシュは最後に、スザクに真実を告げることも、意見を許すこともなく、与えたものといえば数年の忠誠に対する褒美だけだ。自分に与えられるものなら何でも、と、ぶれない声で告げられた時、自分が求めたものの酷さは重々自覚している。
 ただし己の所業を差し引いたとしても、絶望は今なお尾を引いているのだ。スザクの心の奥底で静かに息づいていた灯火は一瞬で吹き消され、後に残ったのは真っ暗で底の無い薄ら寒い淵のみだ。
「おやおや、これは手厳しい。ああ、でも一つ間違っているな」
「は?」
 スザクが聞き返したのに応えず、代わりにシュナイゼルは側仕えの侍従に何かを耳打ちした。指示を受けた少年が部屋を出る。それからいくらもしないうちに、部屋のドアがノックされた。
「入りなさい」
 シュナイゼルは、誰かを確かめることもなく扉の向こうに声を掛ける。開いた戸から初めに見えたのは漆黒のマントで、同じ色の髪を持つ人間が背筋を伸ばして立っていた。
「っ」
 スザクは思わず息を飲んだ。その人物のことも、彼が纏う服の持つ意味も良く知っていた。しかしその二つが相容れるはずは無いのに。
「シュナイゼル殿下、参上仕りました」
「ご苦労、ナイトオブイレブン、ルルーシュ・ランペルージ卿」
 すっと跪いた青年に対して鷹揚に対応した宰相は、スザクを振り返って聞いた。
「積もる話でもあるかと呼んでいたのだが、枢木君からは特に何もないとのことだったよ、ルルーシュ」
「ご配慮痛み入ります、殿下。しかし当然のことかと。私も同様です」
 スザクに一瞥をくれながら、その怜悧なかんばせには何の感情も見受けられなかった。スザクは一人取り残され、言葉を発することもできずにいた。何故ルルーシュが、皇族の名を捨ててラウンズになどなっているのか。 ありえないはずの状況が目の前で繰り広げられて、脳がその処理に追いつかない。
「御用はそれだけですか?」
 懐かしい声だった。自分に向けられたものでなくても、今なおずっと聞いていたくなるような声。慕わしいのか憎いのか、もうわからない。
「呼び立ててすまなかったね。あぁそうだ、せっかく来てくれたのだから、今回の講和会議が無事まとまるように、祝福でもしておくれ」
 すっと、芸術品のような手を差し伸べて、シュナイゼルが微笑んだ。ルルーシュは若干呆れ顔ながらその手を取り、白い手袋越しの指に軽く口付けを送る。シュナイゼルが反対の手で、ルルーシュの頬に掛かる髪を軽く梳いた。一枚の絵画のような光景を、スザクはただ凝視していた。そのただならぬ空気が何を意味するものなのか、頭でわからずとも本能が警鐘を鳴らす。――これは明らかに忌避すべき何かの予兆だ。
 スザクの衝撃に露ほどの注意を払う気配もなく、ルルーシュは退室していった。見せられた場面の余韻から抜けきらないスザクを、シュナイゼルの声が現実へと引き戻す。
「ルルーシュは二年前に、自らの罪を贖うために皇籍を返納した」
「罪?」
「皇帝への偽証。国家の利益への反逆。何を指すかは明白だろう」
「っ」
「皇帝陛下はルルーシュの能力を惜しまれ、ラウンズの籍をお与えになったのだよ。今は陛下と、実質的な政務を担う私の忠実な僕だ。彼は重宝しているよ。公私共に、ね」
 意味ありげに笑う宰相の声と、さきほどのただならぬ空気が重なる。
 我知らず拳を握り、激情を押し殺すのに必死になった。けれど、こころの中では声がする。
 最後の夜に自分が彼にしたこと。 
 これはきっと、その罪に対する当然の報いなのだと。
Fin
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